大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(行コ)100号 判決

控訴人(被告) 千葉中郵便局長

被控訴人(原告) 小林善宏

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において乙第三一ないし第三三号証、第三四号証の一、二を提出し、当審証人高橋常司の証言を援用し、被控訴代理人において、右乙号各証の成立は不知と述べたほか、原判決の事実摘示(ただし、原判決二枚目表七行目「千葉郵便局」の次に「(昭和五三年九月二九日郵政省告示第六八八号により同年一〇月二日から千葉中郵便局と改称)」を加え、同表一一行目「承認を欠き」を「承認を得ないで勤務を欠き」と改め、同四枚目表一行目「一一月九日」を「一一月一九日」と訂正する。)と同一であるから、これを引用する。

理由

(被控訴人の身分及び本件懲戒処分について)

被控訴人が昭和三五年九月一日臨時補充員として採用され、千葉郵便局郵便課勤務を命じられて以来郵政事務官として引き続き同課に勤務しているものであること、及び控訴人が昭和四七年一月二七日付で被控訴人に対して、被控訴人は昭和四六年一一月二五日、二六日及び同年一二月九日の三日間につき上司の承認を得ないで勤務を欠き職務を怠つたものであるとの理由で、国家公務員法八二条による戒告の懲戒処分をしたことは当事者間に争いがない。

(控訴人の時季変更権の行使について)

被控訴人が昭和四六年一一月二五日及び二六日と同年一二月九日とについてした年休の各請求に対して控訴人がそれぞれ時季変更権行使の意思表示をしたことは、原判決がその理由において説示(原判決二八枚目表一行目から三一枚目裏三行目まで。ただし、二八枚目裏四行目、六行目及び三一枚目表二行目「証人高橋常司」の前に各「原審」を、二九枚目表九行目「したところ、」の次に「控訴人から時季変更権の行使につき委任を受けている」を加える。)するとおりであるから、これを引用する。

(本件時季変更権行使の当否について)

昭和四六年一一月当時千葉郵便局郵便課の定員が一二二名であるところ、現在員が一一八名で四名の欠員があつたこと、右一一八名のうち管理職である課長一名及び副課長三名と、課の庶務等を扱う経理係に固定配置された六名とを除く一〇八名(一一月二四日以降は一〇九名)の職員が、窓口係、通常係、小包係等六種の担当業務に配置されて、日勤一、中勤一、夜勤一等と称する九種類の勤務形態をいわゆる勤務指定により交替して勤務することにより、郵便課の業務が昼夜休むことなく遂行されていたこと、及び被控訴人が同課の業務に精通していたので、速達係、通常係、特殊係、窓口係の各業務を主として担当してきているところ、昭和四六年一一月二五日及び二六日は通常係の一六時間勤務(以下「一六勤」という。)に、同年一二月九日は通常係の日勤一(以下「日一」という。)に勤務指定されていたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第二号証の一、原審証人高橋常司の証言により真正に成立したと認める乙第一一号証の一ないし三、第一三号証、第二三号証の一ないし二八、当審証人高橋常司の証言により真正に成立したと認める乙第三一号証、原審証人本郷喜八、同伊藤富蔵の証言並びに原審及び当審証人高橋常司の証言によると、次のとおり認めることができる。

郵便課に勤務する職員で前記交替勤務に服するものには、勤務を要しない日として、週一回の週休日(日曜日に一斉に休むことができないため各曜日に割り振られる。)、年休のうち職員の請求する時季に休める自由年休、年休のうち前年度年休繰越し分中の一〇日と前々年度年休繰越し分の全部とを年度頭初において付与予定計画を立てて付与する計画年休、結婚、忌引等の特別休暇、週休日が祝日と重なつた場合に与えられる代替休暇、病気休暇等が制度上認められていたので、控訴人は、右休暇による欠務者が集中することによりその日の郵便課の業務遂行に支障を生ずることがないようにするために、管理職による職員管理上の内的基準として、一日における欠務員数の許容限界を示す欠務許容人員なるものを定め、その員数は、郵便課に週休者の後補充の定員(週休定員)として九・五名、年休、病休者等の後補充の定員(予備定員)として四・五名の計一四名が配置されていることから、これに現実の職員の休暇利用状況、業務運営状況等を勘案して、火曜日から土曜日までの各日は一八名(ただし一二月初旬から始まる年末繁忙期は一四名)、郵便物の引受等業務量の少ない日曜日及び祝祭日は五二名、日曜日及び祝祭日の各翌日は二〇名と定めて、欠務者が最大限右員数内に留まるかぎり、非常勤者等による補充措置を講じなくとも業務の正常な運営を維持できるものとする判断の尺度として運用してきた(なお、訓練に参加するため欠務する者については、あらかじめ非常勤者による補充措置が講じてあり、病休者についても同様の措置がとれる場合には措置済みであつて、これらの者は欠務許容人員の員数には算入していない。)。そうして、職員の年休請求に係る日につき右の欠務許容人員を超える場合において、週休日の差替えや非常勤者による補充等によつて欠務許容人員の枠内に納めることができないときは、労働基準法三九条三項但書にいう事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものとして、控訴人は時季変更権を行使することとするが、その行使に当つては、あらかじめ高橋課長において請求者に対し請求の撤回を一応勧告することとしていた。昭和四六年一一月当時こうした事例が一か月に数件あつて、いずれも請求者が勧告に応じて請求を撤回したので、時季変更権を行使するに至らなかつた。ただ、年休請求の理由が本人の病気、近親者の病気、不幸等によるものである場合において、これに休暇を与えないで勤務を求めることが社会通念上相当でないと認めるときは、当該年休請求者の欠務により当日の欠務者が欠務許容人員を超え、かつ、非常勤者の補充等のやりくりによつて欠務許容人員の枠内に納めることができない場合であつても、これに対し、控訴人は時季変更権を行使しないで年休を与え、その欠務(枠外と称する。)を容認することとしていた。このような休暇等の処理運用の実態を、昭和四六年一一月一か月間の記録でみると、別表のとおり、いわゆる枠外の欠務者の生じた日が五日あり、その延人員が八名であつて、理由はいずれも本人の病気、家族の急病その他突発的な家庭事情によるものである。以上のように認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、当時千葉郵便局は千葉県下の基点となる局であることから、千葉県下一円に宛てられる郵便物は、まず千葉郵便局に到着し、ここで区分された後県下の各郵便局に伝送されることになつているうえ、千葉郵便局の運送便が夜間に集中することにより、右郵便物の区分作業に従事するための一六勤は、千葉郵便局のみならず県下の各郵便局の業務運行に大きな影響を与える勤務であること、本件年休請求当時いわゆる三六協定が締結されていなかつたため控訴人において職員に超過勤務を命じることができなかつたこと、及び郵政省が昭和四六年一〇月二五日に郵便日数表を公表したことは当事者間に争いがなく、前掲各証拠によると、次のとおり認めることができる。

昭和四六年一一月一四日に被控訴人から同月一九日、二五日及び二六日につき年休請求が出されたが(二五日及び二六日は前述のとおり一六勤であるから、二五日午後五時二〇分から二六日午前八時四〇分までの勤務となる。)、同月一四日の時点で既に二五日の欠務者が週休一一名、計画年休五名、病気休暇一名、特別休暇一名の計一八名も予定されていて欠務許容人員一八名の枠に余裕がなく、被控訴人から枠外として認めるべき特段の事由の申出もなかつたので、高橋課長は同月一六日伊藤課長代理を通じて被控訴人に対し、二五日及び二六日の年休は認められない旨告げた。しかし被控訴人の強い要請により、高橋課長は要員事情の変動の可能性などを勘案しながら補充措置を講ずることができるかどうかを右課長代理とともに検討したが、当時非常勤者で一六勤の深夜業務に就かせることのできるものが見当たらなかつたし、補充措置として、週休の差替えは当日前後の職員の服務予定上困難であることが、そして時間外又は休日労働は三六協定の未締結のため不可能であることがわかつたので、結局補充措置を講ずることはできないと判断し、ただ二五日の欠務予定者の減少が前もつて判明する場合を待つしかなかつた。また当時は、多くの会社の決算関係書類が集中するいわゆる株式繁忙期に当たり、しかも一六勤の二〇名は深夜勤務であることを考慮した必要最少限の人員配置であつたので、一六勤に欠務者の生じることは直ちに郵便物処理に停滞を生ずる事態を招くことになるし、しかも郵政省みずから郵便日数表を公表して郵便物の運送及び配達に関する業務達成の指標を江湖に明示している以上、一六勤の業務の停滞がもたらす郵便物の宛先到達の遅延は極力回避しなければならない状況にあつた。そこで、高橋課長は、同月二一日に至つてもなお二五日の欠務予定者に変動がないことから、その欠務許容人員の枠に余裕が生じる見込みがないとみて、同月二一日に被控訴人に対して人員の差繰りができず、業務に支障があるのでその年休請求に係る同月二五日及び二六日につき休暇は与えられない旨を告知した。次に、同年一二月四日に被控訴人から同月九日の日一勤務につき年休請求が出されたが、同月四日の時点で既に同月九日の欠務者が週休一〇名、計画年休二名、代替休暇二名の計一四名予定されていて、年末繁忙期の欠務許容人員枠一ぱいであつた。そのうえ、同月九日ころには歳暮小包が大量に集中して年末最繁忙期に入ることが予測されて、採用を予定している非常勤者も既にその配置部署が決められていたし、非常勤者の大部分を占める主婦には到底午前七時から午後二時四五分まで日一勤務を代替させることができなかつたし、職員に超過勤務を命じることも前同様三六協定未締結のためできない状況のもとで、被控訴人からはいわゆる枠外として認めるべき特段の事由の申出もなかつたので、高橋課長は、同月四日に被控訴人に対して、年末最繁忙期で業務に支障を生ずるのでその年休請求に係る同月九日につき休暇は与えられない旨を告知した。かように認めることができる。

そこで、労働基準法三九条三項但書によるいわゆる時季変更権を行使するにあたつて、使用者は当該事業場における諸般の事情を総合検討した上で当該年休を与えることがその事業の正常な運営を妨げることになるかどうかを判断すべきであるが、その判断のための合理的な基準をあらかじめ定立しておくことは、判断の客観性を担保して年休請求の処理を適正ならしめるために有用かつ妥当な方策であるというべきところ、控訴人が郵便課の業務の運営及び管理事項に属するものとして定めた欠務許容人員という前記基準定数は、郵便課における定員、現在員、週休定員及び予備定員の員数並びに業務の実情に照らして、右にいう業務支障の有無の判断基準として、合理的なものと認めるに足るものというべきである。そうして、控訴人は、郵便課における年休請求の処理にあたつて、ただ欠務許容人員という基準定数に依拠するだけにとどまらず、さらに予測される業務量の趨勢と対比しながら、補充措置を講じうる服務状況にあるかどうかをもあわせ検討したうえ、当該請求に係る年休欠務による業務支障の有無を判断して時季変更権の行使如何を決める事務処理の方式を定着させていること、右の年休処理方式に則つて、控訴人は、被控訴人が昭和四六年一一月一九日、二五日及び二六日についてした年休請求のうち、右の一九日につき年休を付与したが、右の二五日及び二六日につき年休を付与しないこととし、さらに被控訴人の年休請求に係る同年一二月九日についても年休を付与しないこととして、そのつど時季変更権を行使したことがいずれも前述の認定事実によつて明らかであるから、右の二度にわたり、控訴人が被控訴人の請求に係る年休を付与しなかつたことは、年次有給休暇制度の趣旨に照らし、労働基準法三九条三項但書による時季変更権の行使として、適正妥当な措置というべきである。

(本件懲戒処分の適否について)

そうすると、被控訴人の年休請求に係る昭和四六年一一月二五日、二六日及び一二月九日については、いずれも控訴人が時季変更権を行使したことにより、被控訴人の服務が免除されるにいたらなかつたし、しかも右時季変更権の各行使は、同時に被控訴人の上司である郵便課課長高橋常司が被控訴人に対してその年休請求に係る右一一月二五日及び二六日の通常係の一六勤務並びに右一二月九日の通常係の日一勤務に服務すべき旨をそのつど指示する職務上の命令にほかならないものであるにもかかわらず、被控訴人は、右指示に係る三日間の勤務についてその職務を欠いた(このことは被控訴人において明らかに争わないところである。)ことにより、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない義務に違背し、その職務を怠つたものであるというべきところ、右は国家公務員法八二条一号、二号の懲戒事由に該当するというべきであるから、控訴人が被控訴人に対し右懲戒事由に基づいてした本件戒告は適法かつ有効であるといわなければならない。したがつて、被控訴人の控訴人に対する請求は理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却すべきである。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決を不当として取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎 高橋欣一 菅英昇)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例